読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ミライニツナガルナニカ

人事採用コンサルタントの前田が日々感じたことを中心に書いています。

利己主義万歳!

ワークスタイル・仕事術

先週末に走ったら筋肉痛が翌日から大変で、嬉しいんだか辛いんだかモヤモヤしております。

今日は先輩経営者お二人とランチをご一緒いただき、とても貴重なひと時を過ごしました。マーケティングの話、営業チャネルの話、人材育成の話など、あっという間の1時間でして、まだまだ話足りなかったのですが、あいにく午後もお仕事がありまして、再開を約束してお開きになりました。

 さて、今日はそのランチのときに話題になった”働き方”、その中でも”頑張りどころ”について書こうと思います。タイトルには「利己主義万歳!」としましたが、”誰のために頑張るのか”という少し抽象的な話に展開していくかもしれません。

まだまだ言語化アウトプットの訓練中の身として、今日の記事の着地点を明確に描きながら書けないところが申し訳有りませんが、少しお付き合いいただけると嬉しいです。

さて、結末が危うくなる可能性があるので、先に僕の見解は書いておきます。

自分ファースト。利己主義万歳。

僕は、仕事というのは誰のためでもなく自分のために頑張る、でいいと考えています。お客様のため、会社のために、自分のことは後回しにして・・・というのは聞こえはいいですが、今の時代、それは誰も幸せにしないのではと思います。

自分のためにだとしても仕事を頑張ると、何かしらアウトプットに進化・変化が起きます。その進化・変化は自社や顧客に必ずポジティブな影響を及ぼします。

だから、タイトルにある「利己主義」ってネガティブなイメージがありますが、今の時代にあった新しい解釈があってもいいとも考えています。

僕がなぜそう思うのか、時代背景や個人を取り巻く環境の変化を交えて、思いを書いてみます。僕は哲学者でも研究者でもなく、一介の実務家としての考えですので、歴史的背景やその理解については、公平さや正確さはご期待されないよう。

 

f:id:miraikassei:20170123230544j:plain

僕は“仕事は自分ファーストでいい”と思う最大の理由は、
会社や世の中は自分を幸せにしてくれる存在ではなくなった
ということです。

でも、個人としては幸せになりたい。やりがいとか達成感とか味わいたい。世の中のためになっているとか、お客様に喜んでもらっている、という気持ちを味わいたいと思うことは自然です。それが昔、いっても30年くらい前まででしょうか、滅私奉公することで、幸せ感を得られた時代があったようです。

では、現在はどうでしょうか?

僕は自分を幸せにしてくれる存在は自分以外にはない、と考えたほうが安全だと考えています。そのためには、自分が幸せにだと思える環境を自ら作り出す能力を磨くことが大事です。

その仕事の能力はどうやったら身につくのでしょうか。

それは、全ての仕事において「自分の能力が高まるような仕事の仕方」をすることです。自分の仕事能力が高まってくると上司や顧客などの自分への期待値が高まってきて、その期待値の大きさに応じた責任範囲の仕事がやってきます。

「自分の能力が高まるような仕事の仕方」を考える事、調べる事、試してみる事、検証してみる事そのものが全体的な仕事力を高める方法です。

  • 本を読んでインプットすること
  • 特定のテーマについて他人とディスカッションすること
  • リアルタイム議事録を書けるように、聞きながら論点を整理する訓練をすること
  • 何かについて発表する機会を得たなら、持論だけでなく複数の着眼点で物事をみてみること
  • データから傾向分析をしてみること

・・・・などなど、それこそやり方は無数にあります。

そして、仕事力が高まると、上でも書きましたが、仕事力に応じた責任範囲の仕事と出会い、そこで結果がだせる可能性が高まります。

そうして結果がだせるということは、お客様や関係者に付加価値を提供できたことになりますから、結果としてお客様や会社のためになったというサイクルです。

どうして利己主義はネガティブなイメージなのか

これは僕の思い付きですが、会社や社会は個人が滅私奉公してくれたほうが低コストで労働力が確保できたということでしょう。情報化が進んでいない時代では、他社の情報を得る事は難しく、自分の知っている世界だけが全て、という時代が長く続きました。

ですから“利己主義は良くないこと”としてしまい、“所属している会社や社会に滅私奉公することがあなたの幸せ”とインプットすることで、幸せを感じられていた時代があったのかもしれません。

少々強引かもしれませんが、情報が少なかった時代って、統制しやすかったと思うんですよ。ロールモデルも種類は少なかったと思いますし、いまほど“多様性”なんて言葉は使われなかったので。

でも、いまや情報なんて、正しいのも怪しいのも溢れています。価値観のぶつけ合いもあちらこちらで起きています。まさに多様化時代です。何が正しくて何が間違っているかは、見る人の立場でも変わる時代です。

ということは、自分の満足や幸せは、自分が定義する時代になったという理解は飛躍でしょうか?自分が満足したり、自分が幸せだと思うために仕事を頑張る、で全然いいんじゃないかなと思います。利己主義万歳!でいいんじゃないかなと。

今日の最後に一番大事なことを

今日のランチで出てきた話の中に「リセットされないものに自己投資することが大事」というのがありました。

前にも書きましたが、“評価は価値に遅れてやってくる”ことが一般的です。他者からの評価を期待して(もしくは糧にして)仕事を頑張ると、頑張っているのに評価が追い付けないケースが往々にしてあります。自分で「それでもOK」と言えるのであればいいのですが、「頑張っているのに、評価されないなぁ」と気持ちが折れるのは本末転倒です。 

要は「評価は他者が決めるもの、価値は自分で決めるもの」です。そして、コツコツと積み上げてきた能力(=価値)は他者がひっくり返せません。自分の価値を高めるための能力研鑽こそが、他者にリセットされない、自分だけの資産となるわけです。

そして、日々の仕事においては、その自分だけの資産価値を高めるにはどうすればいいか、という視点で頑張る事が大事で、それを利己主義と言うのであれば、利己主義万歳!と思うわけです・・・。

 

ということでいい時間になってしまいました。
本日もお読みいただきありがとうございました。